は〜めんどくさ

まあ、世の中にはめんどくさい事っていろいろあるけど、めんどくさいことに巻き込まれたって話。
問題の解決方法をいくつか示すだけの話が何でこうなる事やら・・・


まあ、自分にとって正しいことが、相手の立場に立ったときに正しいこととは限らないが、正しいというなら言うで「自分はこういう立場にあってその上でこうで有るからそのことが正しいと思う」・・・とそういって欲しいものだ。
自分の感情の押しつけじゃなくてせめて理を持って、根拠を持って説いて欲しいものだ


人間だれしも相手の立場や状況、背景を説明も無しに100%理解することは不可能だ。
また、自分にとっての常識を、相手にとっても常識であると考えてしまうことを、個人的には「常識の非常識」と呼んでおり、自分にとっての常識を押しつけることから問題が起ることはよくある。
言い換えるなら、価値観の相違とも言える。
# そういうこともあって、個人的には常識と言うことは嫌いだ


たとえば、多数の選択肢から一つの物を選ぶことを考えてみよう。
アルファは性能Aは高いが性能Bは低く、性能Cは高い物
ベータは性能A、性能B共にバランスの取れた、性能Cは高い物
ガンマは性能Aが低いが性能Bが高い物、性能Cは高い物
・・・と仮定しその他にも性能が劣るのものが多数あるとしよう。


このとき、要求される性能がAだけ高ければほかはどうでも良いと言う物で有ればアルファが選ばれるのは当然でガンマは論外である。
しかし、要求される性能が未知の場合どれを選択するかを容易に決めることは出来ない。


ここで選択者1と2がおり、それぞれが客の要望を聞き性能Cは高い物を提案して欲しいと言われたとする。
選択者1は性能Aにこだわりを持っており、性能Aが重要だと考えており提案するのはアルファのみである。
対して、選択者2はいくつもの選択肢の中からアルファ、ベータ、ガンマを選び出しそれぞれのメリット、デメリットを示した上で私の見解ではこれが一番良いかと思うと、いずれかを押す提案を行う。


この場合、客にとって信用できると思われるのはどちらだろうか?
何ら選択肢のない提案と選択肢のある提案のどちらに客は満足するだろうか?


私は、選択者2のあり方のほうが信用も満足も得られると思う。
つまり、選択者1にとって大事であることが客にとって大事なこととは限らず、選択者1のやり方は下手をすると押しつけ以外の何者でもないためだ。
対して、選択者2はすでに解っている要求、つまり性能Cが高いことを満たした上でそれ以外の部分の選択肢をメリット、デメリットと共に提示しており、客にとっては自分の知っている環境などからどれが最適か選択することができ、そのことによってより良い選択が可能になる。
そして、選択できることで客と提案者の価値観の相違を埋めることが出来るのである。
それがプロの仕事ってもんじゃなかろうか?